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2024.9.28

この記事を書いている現時点で、まだ誰にも見られていないこのブログ。

そのせいもあってどうしても投げ出しがちになってしまう。自分で書きたいと思って始めたのに。

ので、この記事を書き終えたらInstagram(裏)で告知します。多分。

とはいえ、特に書くことも決まってないのに文字を書きだしたため、とりとめのない文章になる予定です。

「とりとめのない」というのはつまり「まとまりがない」ということですが、同じ日本語でもなんとなんく印象が変わるので、文章では「とりとめのない」を使うことが多いです。

とりとめがある(とはあまり言わない)文章を書くことが多かったので、こういう文章を書くのが新鮮で、これが意外と楽しいです。とりとめがなくても。

以上に加え、中身のない文章を書くという点においては自分でも割と得なことと思っており、現時点で全くもって中身がないのに文章が続いていることに自分でも驚きを隠せません(驚いているとは言っていない)。

しかし、こういった中身のない文章でも、ひたすらにキーボードをカタカタと打ち、それっぽい文章のような「ナニカ」が出来上がっていくことに多少なりとも愉悦を覚えることは事実としてあり、

「文章を書く」ということは、ただそれだけで意味があることと信じて、今もカタカタとやっています。

というかストレス解消につながる気がします。

いや、ストレスが溜まってるわけではないです。ただ無性に文章が書きたいなってなるときがあってもいいじゃない、人間だもの。

ただ、中身のない文章というのも、全く何も考えずにすらすらと出てくるものではなく、ある程度思考の上でなりたつ文章であることは間違いありません。

そのため中身がないとはいえ、文章を書く労力という点でいえば、何かしらの出来事を振り返るなどのいわゆる日記などよりは少し嵩みます。え?

なので、中身のある話をします。

11月頭、関西に行くことにしました。半年ぶりです。

関西圏に住んだことはないのですが、関西には何人か友達がいます。日本一周をしたときに縁ができました。あと最近また増えました。

普段遊べるような友達はあまりいない、いや、ほぼいないですが、物理的な距離が遠い知り合いはそこそこいるのがちょっとした財産です。

頻繁に合う仲ではないし、気の置けないほど仲がいい、というわけでもないですが、とても大事な縁。

一生ほどよい距離感で付き合っていけたらいいなと思ってる感じの。

4月に行ったときも会ったんですが、一名体調不良で会えなかったので(その人が一番会いたい人だった)、今年中にもっかいいくね☆ということで

その彼らと会ってくる、という大義名分をかかげ、撮影が9割の関西旅行になります。

我ながら福岡旅行にも引けを取らないウルトラハードなスケジュールを組み始めたので、どうなるか楽しみです。

やっぱり人間ね、暇になるとダメなんですよ(唐突)。

余裕という名の暇は暇として消費してしまう、ということを近年かなり痛感しています。

時間がたくさんあると、時間をうまく使おうと考えられなくなるんです、人間は(人による)。

実際自分の経験としても、日々の残業で時間がない期間にこそ色々と思考するようになったし、このままじゃヤバいという漠然とした不安を覚えて、それから行動に移す。ということがありました。

仕事が暇なときは「将来、なんとなくやばいかも」とは思いつつも、焦りがなくなるんですよね。自分の体感として。

あまりにも暇な期間が長くて生産性も将来性も感じられないときは焦るかもしれないですが。

ちきりんも言ってました。生産性を上げるには全てに時間制限をつけろって。それじゃ時間が足りないじゃん!ってなってから勝負だって。

かなり話がそれましたが、何が言いたいかというと

予定は詰め込めば詰め込むほどいいということです。

もちろんそれは旅の目的次第ではある、けど、基本的には忙しいな~ってくらい動いたほうが充足感を得られる、というのが自分の経験としてあったなっていう。

この意味のないブログも、ブログを書く時間を確保するために他の作業の生産性を上げなければ。という狙いがあったりなかったりします。

とりあえずSNSとか見る時間はマジで無駄なので、そこらへんは必要最低限に切り詰めたいなと思っているところです。

そんなものを見てる暇があったら本読みたい。積読がけっこうあります。

これはどうでもいいんですが、洋書ってけっこう名作・良書と呼ばれる作品が多いと思っていて、色々気になるタイトルはあります。

ちなみに小説ではなく、実用書とかビジネス書とカテゴライズされる系ですが

これがまぁ~~読みにくい。

まず日本の本は、あまり気にしたことない人が多いと思うんですど読みやすいんですよ。日本人だから当たり前なんですけど。

1段空けるとか、句読点の数とか、段落とか、すごい読みやすい工夫、っていうか、それが当たり前なんですけど

洋書だと1文が超絶長いとか、段落がなくて1ページびっしり文章が詰まってるとか、例え話ばっかりで要点が掴みにくいとか、とにかく読みづらい……。

読んでたら慣れるのかなって思って何冊か読んでるんですけど、いまだに慣れないし、要点が入ってきにくい。少し読んだら整理、少し読んだら整理。って自分でやらないとわけわかんなくなっちゃう。

これはただの愚痴です。

近年色々読んでるんですが、今読んでるのが

「生きがいについて」神谷 美恵子 (著)

なんか悩んでんの?って思われそうなので補足するんですが、僕は生きがい(と呼んでも差し支えなさそうな趣味)はたくさんあります。

むしろ一生かけてもやりきれないぐらいたくさんあるので、生きがいがなくて困っている、という状況ではなくて。

超ざっくり言うと生きがいを失った人がどう生きるかみたいな話で、誰でも予期せぬアクシデント等で生きがいを失われる可能性は大いにあるので、そこについて考えたことなかったなと思って読んでみてます。

で、さっきの話と繋がるんですけど、この方は主に大正と昭和を生きた方なので、これまた文章が読みづらい。そして350ぺージある。

洋書に似た要点のつかめなさに悪戦苦闘しつつも、内容自体は面白いので移動時間とか使って地道に読んでます。

そろそろまた違う本を探しときたい。

以上、これでとりとめのない記事が完成です。

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